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2006年10月28日 (土) 04時21分| 編集 |
ここ連日の履修漏れと虚偽報告の問題について、このような問題が起きる根本にあるものはなんだろうかと思い、色々な資料をあたっています。そこで、このような記事を見つけました。

出発点は教師の修養だ産経新聞特集記事

日本教育技術学会名誉会長・野口芳宏氏の話によると、

指導力不足教員に共通の傾向は、研修をしないことだ。学ぼうとせず、自らを磨こうとせず、本も買わず、研究会にも出向かない。研修義務不履行者である彼らには、教員としての最も重要な資質が欠落している。

指導力不足教員と認定された者が2年連続で500人を超えているという事実だけでも驚きモノですが、傾向として挙げられているものは言わば教師版ニートのようなものです。

教育公務員特例法21条には「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」とある。「研修」という語のルーツは、実は研究の研と修養の修を合成した和製熟語だ。

研修という言葉の意味を恥ずかしながら初めて知りました。
そして、このような条文があったことも初めて知りました。

教え導く教師自身の人格、思索、見識などを磨くという「自己改善」への熱意の方が実はさらに重要なことである。「修養」とはまさにそのことを指す。現在の学校教育には、教師自身がまず己を磨き続ける「修養」というキーポイントが大きく欠落している。自らを磨き、高めることを忘れて他者を改善することにのみ熱心な教師を真の教育者と呼べるのだろうか。

まさにその通り!と強く賛同します。
生徒に学問を教え、いい子を育てるという考えは「他者改善」であり、他者改善は人間にとって実はかなり魅力的なものです。自分のおかげで相手が変わった!という名誉欲にも似た感情が常に付きまといます。

ですが、自身の人格、思索、見識などを磨くという「自己改善」は普通の人であればできればやりたくないと思うのかも知れません。
自己改善は自ら発心し、行動に移さなければなにも変わらないし、他者改善で得られるような「いい気分」は得にくいからです。

ですから、「教育の研究」に熱心になり、自らを鍛える「自己改善」は疎かにしてしまうのでしょう。

「自己の修養」という言葉に履修偽装・虚偽報告など様々な問題を改善するヒントがあるような気がします。


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